先に答え:ベトナムの性史は、植民地統治と身体・記録の交差から読む

「伝統的に自由だった」「西洋化で抑圧された」という二択を避け、誰がどの記録に現れたかを問う。

植民地期ベトナムの性とジェンダーを短く言えば、身体の見え方、親密な関係、売買春の市場、都市の消費、文学や新聞の語りが、フランス植民地統治と同じ社会空間で組み替えられた歴史です。中心に置くのは1920〜1945年の後期植民地期であり、現在のベトナム全体や、19世紀以前から現代までの連続した国民史ではありません。

Richard Quang-Anh Tranの研究は、初期20世紀の文学とアーカイブから、ジェンダーの越境、身体の可変性、男性同士・女性同士の関係がどのように語られたかを再検討します。一方、Christina Elizabeth FirpoやIsabelle Tracol-Huynhの研究は、トンキンの売買春と植民地規制を、経済・人の移動・人種化された統治の問題として扱います。表象、実践、規制、自己叙述を一つの平均像へ重ねないことが出発点です。

1920〜1945年:ベトナムという呼び名の下に異なる地域を置く

時期と行政空間を固定しないと、植民地近代も性史も一枚の物語になる。

Sasgesの研究が注意するように、植民地期に現在のベトナムを構成する地域は、フランスによってトンキン、アンナン、コーチシナという三つの「国」へ分けて統治され、ラオス・カンボジアとともにフランス領インドシナを構成していました。記事では読みやすさのため「ベトナム」「ベトナム人」と記しますが、それは当時の行政区分や人々の自己理解が現在と同じだったという意味ではありません。

1920〜1945年は、印刷物、都市の消費文化、植民地行政、民族主義、教育、女性をめぐる新しい語彙が重なる期間です。1945年の独立を終点にした国民史だけでなく、植民地の規制と現地の文化的実践が互いに作用した過程として読みます。1910年代以前の前史や1945年後の社会主義期は、ここで扱う資料層とは分けます。

  • 時期 — 1920〜1945年の後期植民地期を中心にし、前近代と戦後を連続した同じ制度として扱わない
  • 地域 — トンキンの都市・港・農村移動を中心に、アンナン・コーチシナの経験へ無条件に広げない
  • 呼び名 — 現在の国名を便宜的な地理語として使い、当時の行政・民族・地域分類と区別する

アーカイブと印刷物:記録の増加は、当事者の声の増加と同じではない

フランス語・ベトナム語、行政記録・新聞・文学・風刺画を同じ声にしない。

Shawn Frederick McHaleは、1920〜1945年に印刷物の利用が大きく増え、ベトナムの公共生活と近代的な意識の形成を変えたと論じます。ただし、印刷された公共圏は活発であっても階層的で、誰もが同じように書き、読めたわけではありません。出版された議論の広がりから、社会全体の人々が同じ性規範を共有したとは言えません。

Sasgesは、ベトナムとフランスなどのアーカイブ、新聞・雑誌、風刺画、植民地小説、古典詩や口語表現を組み合わせ、翻訳も自ら行ったことを明記しています。こうした資料は、語彙、衣服、消費、男女の役割、都市の社交を考える手がかりになりますが、警察や編集者、作家、翻訳者の目的を通過した記録です。何が印刷され、何が記録から落ちたかを同時に確認します。

ジェンダーの越境:文学とアーカイブに現れる「別の身体」

現代のラベルの前史を探すのではなく、当時どの身体と関係が語られたかを読む。

Tranの『Queer Vietnam』は、1920〜1945年のベトナムを、異なるジェンダーやセクシュアリティの記憶が失われた歴史として再検討します。出版社の紹介と目次が示す中心は、男性のジェンダー・関係・実践、男性の服を着る女性、ジェンダーの可変性です。ここで「queer」は、現代の一つの自己同定を当時へ戻す語ではなく、性別、身体、欲望、心理が自然に一対一で対応するという前提から外れる資料を分析する研究上の入口です。

物語に登場する僧侶の異装や、戦うために男性の装いをする女性は、当時の文学・大衆文化がどのような身体を想像し、読者に流通させたかを示します。しかし、人気の物語や研究者の読解は、その関係を生きた人々の人数、自己認識、日常の頻度を直接測る記録ではありません。表象の存在と社会全体の受容・実践を分けます。

女性の異装とジェンダー可変性:可能性と生活を一つにしない

物語に許された役割と、現実の女性が持った選択・資源・制約は別の問いである。

Tranの研究では、女性が男性の衣服を身につける物語や、身体とジェンダーの関係を固定しない表現が、近代的な印刷文化の中で読まれました。これは、フランス植民地期の文化が欧州由来のジェンダー規範を一方向に受け入れた、という単純な説明を揺さぶります。「伝統」と「近代」が混ざり合いながら、身体の意味をめぐって競合したと読むほうが資料に近づきます。

ただし、物語上の異装は、現実の女性が職業、移動、婚姻、財産、政治参加を同じように選べたことを証明しません。文学の読者、作者、出版者、植民地検閲、社会階層という条件を残し、表象の幅と生活上の権力を同じ尺度で測らないようにします。

  • 表象 — 異装・友情・未来の身体が、どの媒体と物語の中で可視化されたか
  • 生活 — 実際の移動、労働、婚姻、財産、暴力、選択を別の資料で確認できるか
  • 読者 — 誰が書き、誰が読み、どの階層の人々がその可能性へアクセスできたか

売買春と規制:親密さを経済・移動・植民地統治から切り離さない

性の市場は、都市農村格差と行政分類が交差する場所でもあった。

Firpoの研究は、1920〜1945年の植民地トンキンにおける非合法・未登録の性の市場を、女性、斡旋者、顧客が植民地の規制制度をどのように避けたかという草の根の社会史として扱います。経済・人口・文化の変化、都市と農村の分断、法律の適用の不一致が重なり、ハノイ、港、地方都市、軍事拠点、酒場、ホテル、歌館、ダンスホールなど異なる空間に市場が現れました。

この研究は、貧困のなかで都市へ移動した女性、未成年者、債務拘束や人身取引の事例を記録し、性の市場を「自由な取引」や「女性全体の経験」の一語へ縮めません。Tracol-Huynhも、フランス植民地当局が売買春を定義し扱う方法は政治的・人種化され、特定の時期に結びついていたと論じます。規制の存在は、そこで働く人の安全や契約の対等さを意味しません。

性病管理と人種化:保健の語彙だけでは植民地の非対称性が見えない

検査や規制を「保護」とだけ読むと、誰の身体を守る行政だったかが消える。

Tracol-Huynhは、ヨーロッパ人男性とベトナム人女性の植民地的な出会いを、性別と人種の境界が可視化される一方、親密さがその境界を曖昧にする場として捉えます。植民地秩序は、混ざり合う関係を許容するのではなく、規制、分類、売買春の定義を通じて境界を引き直そうとしました。

したがって、性病検査や売買春の取り締まりを、現代の公衆衛生の尺度だけで評価できません。誰が「売春婦」と定義され、どの身体が危険の源として扱われ、フランス人・ベトナム人・都市居住者・移動女性の違いが行政文書へどう刻まれたかを見ます。行政が病気を数えたことと、働いた人の健康や意思が記録されたことは別です。

  • 定義 — 売買春というカテゴリーを誰が、どの法令・報告・医学語で設定したか
  • 対象 — 検査・登録・取締りの対象が誰で、誰が記録から外れたか
  • 効果 — 植民地秩序、人種・民族の境界、移動の管理にどのように接続したか

歌館・ダンスホール・酒場:都市の女性表象を性売買と同一視しない

パフォーマンス、消費、労働、欲望、規制が同じ場所に重なっても、同じ経験ではない。

Firpoは、トンキンの歌館の女性歌手や、1930年代に広がった西洋式のダンスホールとタクシーダンサーを、性の市場が都市の娯楽・移動・階層差と接続する事例として扱います。歌手やダンサーが売買春と噂されたとしても、演奏、接客、雇用、性売買、警察の分類を同じ職業・同じ経験へまとめることはできません。

Sasgesは、1930年代のハノイの雑誌『Phong Hóa』や風刺画から、ワイン、シャンパン、ブランデー、服装、男女の社交が新しい近代性の記号になった過程を読みます。酒やダンスの消費は、単なる私的な欲望ではなく、階層、世代、都市性、男女の役割、植民地経済をめぐる不安の表現でもありました。都市文化の可視性を、ベトナム社会全体の性的実践の平均へ広げません。

印刷物と「新しい女性」:近代化は解放でも抑圧でも一色ではない

女性の教育・消費・家庭・政治参加をめぐる議論は、男性作家の不安や植民地権力とも結びついた。

McHaleの研究は、1920〜1945年に印刷物が増え、ベトナムの公共圏が活発になる一方で、そこには階層と権力の偏りがあったことを示します。女性の権利、教育、家庭、消費、政治参加をめぐる議論も、その公共圏の一部です。『新しい女性』という語は、当事者全員が自分をそう呼んだという意味ではなく、作家、編集者、活動家、読者が近代的な生活を争った表現として読みます。

Sasgesが扱う雑誌の風刺画では、酒、服装、男女の役割、社交の作法が、伝統と近代の両方を使って笑いと不安の対象になります。女性が都市の消費・教育・政治へ現れることは、家庭の外へ出れば自由になるという直線的な物語ではありません。誰の視線が「新しい女性」を作り、女性自身の文章がどこに残るかを分けて考えます。

  • 公共圏 — 新聞・雑誌・広告・風刺画が、誰の議論を可視化したか
  • ジェンダー — 女性の教育・仕事・家庭・消費を、男性性や階層の不安とともに読む
  • 受容 — 作品に描かれた女性像を、実在する女性の自己認識や生活の代表にしない

回想と親密な生活:一人の女性の声を、社会全体の代表にしない

自伝・新聞・家族の噂・公文書が重なるとき、声の種類と時間差を残す。

Hue-Tam Ho Taiの『Passion, Betrayal, and Revolution in Colonial Saigon』は、政治活動家Bao Luongの回想を軸に、新聞、家族の噂、公式文書などを組み合わせて、植民地サイゴンの一人の女性の政治的・感情的な人生を再構成します。これは、女性を植民地行政や男性知識人が語る対象だけにせず、回想と記憶の働きを見るための重要な入口です。

同時に、Bao Luongの経歴は一人の活動家の経験です。回想は後から整理された自己叙述であり、新聞や家族の語り、公文書もそれぞれ別の目的と沈黙を持ちます。そこから植民地期ベトナムの女性全体、政治運動全体、親密な関係の平均を直接復元しません。自己叙述が現れること自体を、記録の条件と権力の結果として読みます。

前近代との境界:1463〜1778年の性・家族史を1920年代へ直結させない

過去の制度を知ることは重要だが、植民地期の直接証拠へ戻すには別の根拠が必要である。

Nhung Tuyet Tranの『Familial Properties』は、1463〜1778年の前近代ベトナムにおけるジェンダー関係を、法、文学、宗教資料から研究します。父系的な法と道徳規範が女性の選択を制約する一方、戦争や労働不足のなかで女性が財産や地域的な権威を交渉した事例を示す研究です。女性を常に受動的、または常に自律的と決めつけないための前近代の比較材料になります。

しかし、この研究の時期は1920〜1945年から大きく離れています。前近代の家族・財産・性の関係が、フランス植民地期の都市、印刷物、売買春規制、ジェンダー表象へそのまま続いたとは言えません。連続性を論じるなら、制度、語彙、地域、資料の移動を別に確認し、古い社会を植民地期の説明の背景へだけ利用しないようにします。

植民地近代:伝統と近代は、二つの箱ではない

新しい語彙や商品が入っても、過去の慣行が一度に消えたわけではない。

Sasgesは、酒の生産・消費・意味が、国際市場、輸入酒、米酒の専売、税、広告、雑誌、地域の飲酒文化によって変化したことを示します。輸入酒は近代性や階層の記号になりましたが、「ベトナムの酒」と呼ばれる再編された伝統も、植民地近代の中で新しい共同体や国民意識と結びつきました。近代性はフランスから一方的に届いた完成品ではなく、現地の実践と植民地制度が同時に作った不均衡な過程です。

性とジェンダーにも同じ注意が必要です。印刷物の増加、都市の娯楽、女性の新しい表象、売買春の行政分類、文学の異装は、それぞれ異なる方向の変化を示します。そこで「性が解放された」「伝統が抑圧した」「西洋化が同性愛を作った」と単純な因果を置かず、規制と可能性、可視化と沈黙、現地文化と植民地権力の組み合わせを具体的な資料から追います。

  • 変化 — 商品、印刷、行政、教育、都市の社交が何を新しくしたか
  • 再編 — 既存の語りや慣行が、植民地経済・翻訳・国民意識の中でどう意味を変えたか
  • 非対称 — 新しい可能性を得た人と、規制・貧困・人種化で制約された人を同じ主体にしない

現代のカテゴリーを過去へ戻さない:性・ジェンダー・自己認識

研究語は資料を見つける入口だが、当時の人々が同じ分類を使った証拠ではない。

「同性愛」「トランス」「クィア」「性労働」「ジェンダー・アイデンティティ」といった語は、複数の研究を比較するために便利です。しかし、1920〜1945年の文学や行政記録に、現代に似た行為・衣服・関係が見えることから、当時の人々が現在と同じ自己認識や権利主体の分類を持っていたとは言えません。行為、役割、身体表象、欲望、制度、本人の言葉をそれぞれ確認します。

「同性愛」という近代の分類語が、医学・法・運動・メディアを通じてどのように成立したかは、「同性愛」という言葉の歴史 で別の資料層として扱います。植民地期ベトナムの記事では、現代の法的・医療的・支援的な結論を歴史記述から導きません。

植民地期ベトナムの性史を史料から読む六つの確認点

「ベトナム人はどうだったか」より先に、どの記録が何を見せるかを問う。

植民地期ベトナムの性史は、研究書、植民地行政・医学資料、新聞・雑誌、文学、風刺画、回想、家族の語りを照合して組み立てます。ひとつの記録を社会全体の平均へ広げず、次の順で読みます。一般的な史料批判は、性の歴史はどう調べるのか? で確認できます。

  • 時期 — 1920〜1945年のどの年か、前近代・戦後の資料が混ざっていないか
  • 地域 — トンキン、アンナン、コーチシナのどこか、都市・港・農村のどこか
  • 記録者 — 植民地官僚、医師、警察、作家、編集者、活動家、家族、本人の誰か
  • 資料 — 法令・統計、新聞・風刺画、文学、回想、研究者の分析のどれか
  • 変換 — 規制を実践へ、表象を頻度へ、研究語を自己認識へ変えていないか
  • 範囲 — エリート都市、登録された市場、名前の残る活動家を、社会全体へ一般化していないか

結論:植民地期ベトナムの性史は、可能性と統治が同じ資料空間に残る歴史である

1920〜1945年のベトナムでは、文学や印刷物が異装、複数のジェンダー、親密な関係、都市の新しい女性像を語る一方、植民地政府は売買春、感染症、移動、民族・人種の境界を規制しました。回想や新聞は当事者に近い声を残す可能性がありますが、記憶、編集、家族、行政の条件を通過しています。

だから、この時代を「性に寛容だった」「西洋化で抑圧された」のどちらかへ固定できません。Tranの文学・アーカイブ、FirpoとTracol-Huynhの市場・規制研究、SasgesとMcHaleの印刷・公共圏、Taiの回想を、時期・地域・資料の目的ごとに照合します。見える身体の幅と、記録に残らない制約を同時に置くことが、植民地期ベトナムの性史を読む最小の条件です。詳しい根拠は参考文献・出典台帳で確認できます。