先に答え:一つの「定着年」はない

言葉は、使われる場が変わるたびに意味を少しずつ変える。

「性的指向」という語を日本でいつから使い始めたのか、という問いに、新聞データベースの最古例だけで答えることはできません。誰が、誰に向けて、どの問題を説明するために使ったかによって、同じ語の働きが変わるからです。

このページでは、1980年代から1990年代の当事者運動・ミニコミを中心に、2000年代以降の「LGBT」表記の普及と、2023年の現行法上の定義を分けます。語の歴史を、単なるカタカナ年表ではなく、使った人々の実践と制度の接続として読みます。

1980年代:運動は「学ぶ場」をつくった

堀川修平の研究は、南定四郎がIGA/ILGA日本の設立後、1984年から1994年まで断続的に行った「学習会」を、運動の記録と本人へのインタビューから分析しています。そこでは、知識を受け取るだけでなく、日常的なコミュニケーションの場をつくり、「同性愛者である」ことを「被抑圧者である同性愛者」として理解する学びが組み立てられました。

ただし、この方法がすべての参加者に同じように適合したわけではありません。若い参加者のニーズや運動観とのずれが分裂につながった一方、学習会の理論は次世代の団体にも伝わりました。ここから見えるのは、言葉が上から普及するのではなく、集まり・雑誌・対話の形式のなかで自己理解を作ることです。

  • 知識 — 医学・社会・権利について読む
  • 自己理解 — 自分をどのような存在として説明するか考える
  • 運動 — 個人の経験を差別や制度の問題として共有する
  • 限界 — 一つの主体像が、別の経験を取りこぼすこともある

1990年代:ミニコミの中でカテゴリーが交渉された

武内今日子の研究は、1990年代の性的少数者のミニコミ誌を対象に、「性的指向」がどのような性の理解を可能にしたかを分析しています。国際的な疾病分類の重要性が高まる時期に、ある同性愛者団体がこの概念を導入し、同性への欲望を先天的・不変的なものとして語ることで、同性愛差別を公的な問題として表しやすくしました。

しかし、同じカテゴリーは限界も持ちました。特に「バイセクシュアル」という語をめぐって、性別二元性に依拠しない人、一貫した性的欲望を持たない人の個別の性が現れます。カテゴリーは抑圧を可視化する道具であると同時に、経験を一つの型へ押し込む枠にもなるのです。

「LGBT」は、別の連帯とメディアの経路で広がった

「性的指向」と「LGBT」は同じ語ではありません。前者は恋愛感情・性的感情がどの性別へ向くかを説明する概念で、後者はレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの頭文字を束ねた呼称です。実際の運動やメディアでは両者が接続しますが、同じ歴史を歩んだわけではありません。

国立国会図書館のレファレンス事例が紹介する資料では、欧米の1990年代の連帯やクィア運動、日本で1990年代から現れたプライド、パレード、映画祭、さらに2000年代の新聞・図書・雑誌での用例が整理されています。これは「日本でこの日に誕生した」という話ではなく、活動・翻訳・報道・書誌の複数の経路で可視性が変わったことを示す手がかりです。

  • ミニコミ — 当事者同士の自己記述・議論の場
  • イベント — パレードや映画祭など、公開の連帯を作る場
  • メディア — 新聞・雑誌・書籍が用語を広い読者へ運ぶ場
  • 制度 — 政府・学校・企業が定義や配慮を記述する場

2020年代:可視化されても、生活の安定とは同じではない

2025年に刊行されたMasami Tamagawaの研究書は、日本のLGBTQ+の生活を「不安定な可視性(precarious visibility)」という視点から捉え、COVID-19パンデミックを手がかりに、法的な不安定さ、文化的期待、スティグマ、家族・職場、医療、移動、メディア表象、アクティビズムをつなげています。ここで重要なのは、LGBTQ+がメディアや制度で見えるようになることと、生活上の認識・権利が一様に安定することを同じ指標にしないことです。

この研究書は、国内とディアスポラの経験を含む一冊の質的研究であり、日本のLGBTQ+全体を代表する統計や、「性的指向」という語の初出を示す資料ではありません。ここでは、運動・メディア・制度の語が広がる歴史に、可視性の恩恵と脆弱さが同時に生じる場面を補う研究として置きます。

2023年の制度語は、歴史全体を置き換えない

内閣府のQ&Aでは、理解増進法上の「性的指向」を「恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向」と説明しています。また、同法は理念法で、国民一人ひとりに新たな権利・義務を直接与える性質ではなく、自治体や民間が従来使ってきた文言の変更を求めるものでもないと整理されています。

この定義は、現在の制度を読むためには重要です。しかし、1980年代の学習会、1990年代のミニコミ、当事者の自称、新聞の用例、前近代の関係を一つの定義へ回収するものではありません。現行の公的定義と、歴史上の用語・経験・運動の記録は、役割の違う資料として並べる必要があります。

言葉の歴史は、使えるようになった場の歴史でもある

日本で「性的指向」が定着した過程は、辞書の見出し語だけではありません。運動の学習会が自己理解をつくり、ミニコミがカテゴリーの意味を交渉し、イベントとメディアが公開の連帯を広げ、制度が現在の定義を与えました。そのたびに、言葉は新しい経験を可視化し、別の経験を取りこぼす可能性も持ちました。

この歴史を知ると、「この言葉はいつからあるのか」という検索に対して、年だけでなく、誰がどの場でどんな問題を語るために使ったのかを答えられます。「同性愛」という言葉の歴史 と合わせて読むと、19世紀の分類語と日本の戦後運動・制度語を混同せずに接続できます。性同一性という言葉の歴史 と並べれば、性的指向と性同一性を同じ概念へまとめない読み方もできます。女性同士の関係史とレズビアン・フェミニズムの資料は、日本のレズビアン史とは? で表象・自己記述・共同体に分けて扱います。